ポケットの中の野生―ポケモンと子ども
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ポケットの中の野生―ポケモンと子ども
人気ランキング : 207,583位
定価 : ¥ 420
販売元 : 新潮社
発売日 : 2004-01 |
価格:¥ 420
納期:通常24時間以内に発送 |
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首をかしげること、しきり |
非常に安価な文庫本。
内容は、あたかもそれに比例するかのように、ルーズな印象を受けた。
この著者の基本姿勢と目される「顕在/潜在の世界」観をベースにして、「ポケモン」ないしTVゲームを、付け焼刃的なラカン理論で、一丁分析してみよう、という試みのようだ。
そもそもこの人は、精神分析に明るい作家なのだろうか?
あまりそういうイメージはないのだが、この本では、やたら「対象a」だの「$◇a」だのといった不可解な概念が、ごく簡単な説明ののち、さんざん振り回されている。それがほんとうに当たっているのかどうか、判断しかねる。
インベーダーもウルトラ怪獣も、野牛の群れも、蛙の卵も、著者によれば、「対象a」の表現らしいが――仮にそれについて同意するとしても――、さらに著者が、ラスコー洞窟の壁画も「対象aの表現化」である、とまで言い及ぶに至っては、読み手として、さっぱりワケが分からなくなるのだった。
(おもうに、著者は、AでもBでもCでも、とかく同一視しすぎる傾きがないか?「AとBは似ているが異なる」といった思考法・文章が、ほとんど見うけられない。)
さて、結論的には、「ポケモン」が「対象a」とやらを飼い慣らすことの出来た素晴らしいゲームだ、ということらしい。
(78頁にこうある――『ポケモン』のゲームは、現代の文化がどの領域でも扱いかねている、「対象a」というやっかいなしろものを、みごと統御することに成功しているのである。)
が、そう言われても、こちらとしては、腑に落ちない。「さあ、どうかな」と思うばかりなのだ。
無数のゲームソフトは、著者によれば、「子ども用電子娼婦」だという。
ならば、その中で「ポケモン」がどうして、こうも特権化され、称揚されるのか、やはり、結論先にありき、という印象を拭えない本であった。
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実はポケモンをやったことがないのですが... |
ポケモン=中沢新一という組み合わせと文庫本ということで衝動買いしてし
まったのですが、面白く読みました。ただ、私の理解力不足かあるいはゲームの経験不足のためか、全体的に論考がすっきり納得できません。氏の言うところの「対象a」のあたりはよくわかったのですがその後の展開には、このゲームには当てはまらずにポケモンのみに適用できる必然性があるのか、疑問が残ります。もっとも、私はポケモンをやったことがなく、子供を通してTVアニメから入っているので、ちゃんと読みきれない「対象」なのかもしれません。もっと系統的にまとめた続編、あるいは改訂版の登場を期待したいです。